名古屋高等裁判所 昭和47年(行コ)4号 判決 1974年7月19日
控訴人 カトウ建設株式会社
被控訴人 名古屋法務局田原出張所登記官
訴訟代理人 服部勝彦 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。名古屋法務局田原出張所昭和四五年五月七日受付第二七三四号、先取特権更正登記申請事件につき、被控訴人が同年同月一一日なした却下決定のうち所在更正に関する部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出・援用・認否は、次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、右記載をここに引用する。
(被控訴人の主張)
更正登記とは、完了した登記について錯誤または遺漏がある場合にこれを是正する登記をいうものであるが、完了した登記に錯誤または遺漏があれば常に更正ができるというものではなく、その登記が形式的に有効な登記であることが前提とされる。従つて、更正前の登記が無効の登記である場合は更正登記は許されないのである。
本件不動産工事先取特権保存の登記が経由されたのは昭和四四年九月四日であるが、本件建物の工事が着手されたのは、これに先立つ同年六月ごろのことである。しかしながら、不動産工事の先取特権は民法三三八条により当該工事を始める前に保存の登記をしなければならず、これに反してなされた登記は無効のものである。
このように、本件先取特権保存登記が工事着手後になされたものとして無効なものである以上、冒頭に述べたところによりその更正登記もまた許されないものというべきである。
(控訴人の主張)
本件建物の工事が、本件先取特権保存登記のなされた日の前に着手されたことは否認する。仮りにそうであつたとしても登記官は登記申請に対し形式的審査権を有するにすぎないから、被控訴人主張のように実体的審査をなしたうえ本件先取特権保存登記を無効と判断し、これに基づき更正申請を却下することは許されない。
(証拠関係)<省略>
理由
一 控訴人が、昭和四四年九月四日名古屋法務局田原出張所に対し、新築工事請負契約費用の不動産工事の先取特権の発生を登記原因とし、債務者を訴外株式会社蔵王山観光ホテル、工事費用予算額五、〇〇〇万円、家屋の所在渥美郡田原町大字田原字蔵王五一番地一として将来建築されるべき建物に不動産工事の先取特権の保存登記を申請し、同日その旨の登記(以下「本件登記」という。)がなされたこと、その後控訴人は昭和四五年五月七日同出張所に対し本件登記のうち家屋の所在地番「蔵王五一番地一」を「蔵王一番地一」に更正する旨の更正登記申請をなしたところ被控訴人は同月一一日更正前後における家屋の表示に同一性を欠くことになるとの理由で右申請を却下したこと、そこで控訴人は右却下処分を不服として昭和四五年六月一五日名古屋法務局長に対しその取消を求める旨の審査請求をなしたところ、同年八月三一日審査請求棄却の裁決がなされ、同年九月五日裁決書が控訴人に送達されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 <証拠省略>を総合すると、次の事実が認められる。
控訴人は、訴外株式会社蔵王観光ホテルからホテル建物の建設工事を請負い、昭和四四年九月四日前記のような趣旨の不動産工事先取特権の保存登記の申請をなしたものであるが、同申請において将来建築せらるべき家屋の所在として記載せられた大字田原字蔵王五一番地一なる地番は現実には存在しないものであつた(同字には一番から一四番までの地番しか存在しない。)。しかしながら、右申請書およびこれに添付された設計図・図面においては右のとおり将来建築せられるべき建物の所在として「五一番地一」なる記載があり、その外登記義務者なる右訴外会社の代表者の資格証明書にも本店所在地として右大字田原字蔵王五一番地一と記載され、将来建築せられるべき建物の所在が右「五一番地一」以外の場所であることを窺わしめるような資料は全くなく、右申請はそのまま受理されて本件登記がなされるにいたつた。
控訴会社は、右訴外会社との請負契約に基づき鉄筋コンクリート四階建のホテルおよび付属の浴場、機械室、食堂、廊下等を建築したが、その建物の所在場所は大字田原字蔵王一番地一であつた。そして、昭和四四年一一月二二日付で発行された右建物についての建築主事の確認通知書にも敷地の地名地番として「大字田原字蔵王一の一」なる記載が存する。
しかるに右訴外会社は昭和四五年三月四日不渡手形を出し倒産したため(なお、訴外会社は商業登記簿上昭和四四年一一月七日本店所在地を「蔵王五一番地一」から「蔵王一番地一」に移転する旨の変更登記をなしている。)、その債権者の一人である中部三洋機器株式会社が名古屋地方裁判所豊橋支部に対し前記ホテル建物全部の仮差押を申請し、右裁判所はこれを認容して同年四月六日仮差押決定を発した。しかして、名古屋法務局田原出張所は、右同日右仮差押決定を登記するため右ホテル建物の所在を「蔵王一番地一」として(本件登記とは別個に)所有権保存の登記をなし、右登記に続いて仮差押の登記をなした。さらに昭和四五年四月二七日には、同年三月二〇日付売買を原因とする株式会社蔵王山観光ホテルから株式会社名古屋三愛への所有権移転登記も経由された。
しかるに、控訴人は、昭和四五年五月七日本件登記につき家屋の所在並びに登記義務者の本店の所在をいずれも「蔵王五一番地一」から「蔵王一番地一」に更正することを求めて本件更正登記申請をなしたが、被控訴人登記官によつて却下され、爾後冒頭争いない事実に掲記したような経過により本訴提起にいたつたものである。
なお、本件登記における建物の表示は別紙第一目録<省略>のとおりであり、その後仮差押決定に基づきなされた建物の表示は別紙第二目録<省略>のとおりである。
以上のように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
三 右認定の事実関係によれば、控訴人が訴外蔵王山観光ホテルとの請負契約によりホテル建物を建築しようとしていた場所は「蔵王一番地一」であつたのであり、従つて、本件申請においても将来建築すべき建物の所在としては「蔵王一番地一」としなければならなかつたわけであるから、本件登記についてはこの点に錯誤があつたものといわなければならない。そこで、進んで本件更正登記申請の適否について審究することとする。
およそ、更正登記とは、すでに存在する登記につき、その登記事項に錯誤または遺漏があつたため、当初から登記と実体関係との間に不一致が存在していた場合に登記を実体関係に合致させるため右登記の内容の一部を是正する登記をいうのである。しかして、更正登記はすでになされている登記が有効であり、しかも、更正前の登記と更正後の登記との同一性が失われない場合にのみ認められるものである。
ところで、本件登記は、不動産工事の費用の予算額を当該工事の開始前において登記することにより先取特権の効力を保存しようとするものであるから、その登記のなされる時点においてはいまだ建物は存在せず、登記用紙中表題部の建物の種類、構造、床面積の表示は設計書によつて記載されるにとどまるのである。
右のごとき実在せざる建物についての登記においては、その所在地番の表示が正確になされることがふつうの場合よりも格段に重要性を帯びてくることは明らかであるが、なかんづく、所在地番が架空のものであるときは、該登記は無効であるといわなければならない。けだし、所在地番が不存在であるときは、将来新築せらるべき建物はその地番の所属する行政区画のいずれの場所に建築せられるものか全く不明不確定であつて、登記の目的である公示の要請にこたえることが不可能だからである。本件についてこれを見るに、本件登記の記載のうち新築せらるべき建物の所在地番は「蔵王五一番地一」であり、この地番が実在しないことはさきに認定したとおりなのであるから右に述べた理により、本件登記は無効のものであるとしなければならない。
四 次に、控訴人が本件更正登記の申請をなした昭和四五年五月七日の時点においては、控訴人において訴外蔵王山観光ホテルのため建築したホテルの建物はすでに蔵王一番地一の地上に存在していたわけであるから、本件登記を控訴人主張のように更正した場合において更正前後の登記に同一性が存するか否かを考えてみる。
元来登記されている建物の所在の表示は、建物の種類、構造、床面積等とともに建物を特定するための資料となるものであるが、特に所在の表示の資料としての価値は重要であり、極言すれば所在地番によつて示された敷地の上に当該建物が存在しないときは、その建物の登記はすべて無効であるといつても差支えないほどである。このことは近時の大都会におけるように同一規格の建物が軒を列ねて密集している状況下においては、甲の建物を乙の建物から区別する基準はただその所在地番のみである(逆にいえば、所在地番を変更することにより全く別個の建物を表示することになる。)ということに照しても是認され得るところである。しかしながら、全国的には、いまだ、判例の示すように、「建物所在の地番の表示が実際と多少相違し軽微な誤りといえるものが存在していても、建物の種類、構造、床面積等の記載と相まちその登記の表示全体において当該建物の同一性を認識しうる」(最高裁判所大法廷昭和四〇年三月一七日判決参照)場合も存するのであるが、このような場合において、建物所在の地番に誤りがあるにかかわらず当該建物に同一性が認められるとして地番の更正を許すには、更正の前後における各地番の表示する場所が極めて近接していることを必要とするといわなくてはならない。従つて、たとえ連続した地番であつても遠く離れている場合には当然地上建物には同一性が認められず、更正は許されないことになるし、所属の字を異にした地番であつてもこれが隣り合せに存在しているような場合には更正が許されるということになるであろう。そして、更正の前後における各地番の表示する場所がどのくらい離隔していればもはや更正が許されなくなるかは、具体的場合により登記官の判断にまつ外はない。
かかる見地に立つて本件を見るに、控訴人の新築したホテル建物は蔵王一番地一なる地番に存在するものであるが、本件登記における新築せらるべき建物の所在地番は蔵王五一番地一であり、この地番は実在しないものであること前認定のとおりであるから、本件登記の表示する建物と実在の建物との間には同一性が認められない。ただし、建物の表示中に所在地番として実在の地番が表示されていてこそ、これと問題の建物の存在する地番との間に近隣の関係がありや否やを考え、ひいて建物の同一性の判断に及ぶことができるのであるのに、一方が架空不存在の地番であつては、右のような対比の手段もなく、建物の同一性の判断は不可能に帰するからである。控訴人は本件登記に建物所在地番として蔵王五一番地一とあるのは、蔵王一番地一の誤りであり、単に「五」の一字を誤入したにすぎないから建物に同一性があると主張するが、建物所在地番に関しては、その数字が連続し、あるいはその間に類似性があるからといつてただちにこれを建物の同一性を決する基準となしえないこと上来述べたところにより明らかであり、控訴人の主張は採用し得ない。
五 以上説示したとおりで、本件登記は元来無効であつて更正を許さざるものであるのみならず、仮に本件登記の建物の所在を控訴人主張のように更正するとすれば、更正前の登記と更正後の登記との間に同一性が失われる場合にあたるから、いずれにせよ本件登記に対する控訴人の更正登記の申請は許さるべきものではない。従つて、これを却下した被控訴人の決定は正当であるといわなければならない。
もつとも、既存の登記に建物の同一性が認められないほどの錯誤や遺漏が存する場合であつても当該建物につき他に別個の保存登記が存しない場合その外第三者に不測の損害を及ぼすおそれがない場合には、登記の更正を許すべきものとする見解もあるが(本件においても<証拠省略>によれば、字蔵王の区域内には本件新築に係るホテル程度の規模の建物は他に存在しないことが認められる。)、本件においては前認定のとおり右ホテル建物には本件登記以外に別個に保存登記があり、本件登記の更正を許すときは二重登記を現出し、右保存登記に続いて登記を有する仮差押債権者や建物の譲受人の利益を害するにいたるべきことは明らかであるから、前記見解によるも本件登記の更正は許されないこともちろんである。
六 結局、控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないものであり、右と同旨に出た原判決は相当である。よつて、民訴法三八四条、八九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本聖司 吉川清 川端浩)